「あたし何も言わないから、みやこちゃん見ないで」と言ってくれたらっぱぴょんちゃんはあいかわらず沈黙を守っているけど、まだ見てないのかな(笑)。
「意外と大丈夫だった」という感想も聞いたけど、黙っている人は大丈夫じゃなかったのかな(笑)。
切迫早産の妊婦さんはベッド起こしちゃダメ。
仰向けに寝てるとこ見ただけでこっちのおなかが張ってくる。←これまず思ったデス(笑)。
そして私も2日前に検診でおなかが張ると言ったデス。
それから、昨日見た時は時代よりも土地柄かと思ったんだけど、やっぱり時代が変わったのだと思いたい。
加部先生から豊島先生に。
10年あまり前の「ブラックジャックによろしく」で鶴瓶さんが演じた高砂先生から綾野剛くんに。
高砂先生は障害を持って生まれた赤ちゃんの治療を拒否する吉田栄作氏を必死で説得するみすぼらしいお医者さんだった。吉田栄作がついに折れて「何が正しい答えなのか、ついに分からなくなったよ。でも考え続けることが答えなんだと思う」と言う、ラストシーンが忘れられない。平井堅が歌う主題歌「Life is...another story」もまたステキだった。
答えなどどこにもない 誰も教えてくれない
でも君を思うと この胸が何かを叫んでる
それだけが真実
で、コウノドリ。
お母さんがすぐに赤ちゃんを触れて温かいと気づくことができてよかった。
私の時は「触ると皮膚がズルっとむけちゃうくらいなので、当分触れません。おっぱいもいつからあげられるかわからないので出なくても急がなくていいです。」と言われたもんね。
どうやってNICUは変わっていったのでしょう?
医学が進歩して、お母さんの常在菌が赤ちゃんを守るとわかった。
カンガルーケアをすると赤ちゃんの呼吸や心拍が落ち着くことがわかった。
プロフェッショナルの知恵が結集されてそんなふうに変わっていったところもある。
でも一番は、声をあげた人がいて、その声に耳を傾けてくれた医療者がいたのです。
あの頃、Nっ子を産んだお父さんお母さんは猛烈に傷ついたまま子育てをしていました。
同じ思いを経験した仲間に会えるまで、涙なんて出なかった。
Nくらぶでお父さんとお母さんが涙ながらに語った言葉たち。
それらを、時には半ばうなだれ、時にはあんぐりと口を開け、時には「じゃあどうすればいいのですか!」と反論しながら、必死の思いで受け止めてくれた先生たち。
それから私たちの声を医療の現場に届けてくださった橋本洋子先生。
ある時、Nくらぶの会報にある先生がこんな言葉を寄せてくださいました。
私たちは、赤ちゃんの命を救うことに夢中になるあまり、お父さんお母さんのこころを置き去りにしてきたことを、深くお詫びします。
こうやって、NICUは家族に優しい施設になっていったのでしょう。
Nっ子を産んで18年間、私たちはその変化をこの目で見てきました。
我が子が私と同じ目に遭っても、きっと大丈夫と思いたい。
娘婿が保育器をのぞき込んで泣いたら、私は「大丈夫よ」と背中をさすってあげたい(ただしイケメン希望)。
よかったねー、まぼちゃん。
18年がんばってきて。
「今私たちがあげる声は、自分の子どもには間に合わない。でも後に続くNファミリーのためにはなる。」
そう言って励まし合ってやってきたよね。
本当にそうなったね。
明日が 何も見えなくても
色あせない痛みは 思い出になる
とWEBERくんたちも歌ってます。
中間地点にワンルームの別荘を構えたら、祝杯をあげようね。
・・・とコウノドリを見て思いました。
放送日からたっっっくさんのアクセスありがとうございます。
「アイツが何を吠えるか見てやろう」と思ったんやね?(笑)
今日まで何も語れずごめんなさいでした。
昨夜から雨で出られず、玄関先から撮ったてまりとみやこ。
初夏の人間ドックの時に待合室のバラ図鑑で見つけたバラの名前を思い出せず、「本屋さんで見てみたら?」という助言をいただいたので近所の本屋さんに行ってみた。
「新・薔薇大図鑑2200 ~Encyclopedia of Rose~」
こんな高い図鑑があった。しゃがみこんで足のしびれに耐えながら必死でめくったけれど、目指すバラちゃんは見つからず。アルバ・メイディランド?違う、もっと長い名前だった。もう、ナエマにしちゃおっかな!でも白が欲しい・・・。
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よく考えたらNくらぶはほぼ四半世紀前の古い古いNでの経験からスタートしてるんだよね。
こういうドラマの後は、なんか色々思い出しちゃうなぁ。。
来てくれてありがとう!
コメントくれないと思ってたー。
きっと「アタシに振るなっつーの!」って言ってると思ってたー(笑)。
そうなの。かさぶたがはがれるというより、いろいろ思い出すの。
でもね、やってきてよかったよ。
とくにあなた!
本当によくやってくれたよ。
どれほど勇気づけられたことか。慰めてもらったことか。そして笑わせてもらったことか。
ありがとうねー。
いつも大変そうなのになんにもお手伝いできなかったけど。
やっぱりNくらぶの先生たち、立派だったよね。
どんなに自分たちがつらくても、親の声を聞かなくてはいけないという覚悟があって始まった会だったから今でも続いているんだよね。
私はもう隠居だよぅ。母を亡くしてから福島方面にいけなくなっちゃってさ。ぐすん。
今でも先生方は家族をとても大事に考えてくださっていて、どんな小さな声でも聞き取ろうとしてくださっていて、先輩ママさんみんなでそれをつなごうとしています。細く長く続けていくだけで精一杯だけどね。私は復帰できないかもなぁ・・・。
うんうん。分かってるよん。
お疲れさまだったね。
それでもまぼちゃんがんばってくれたから、私なりにねぎらいたい気持ちなのよ。
しばらくゆっくりしてね(といっといて、呼び出しちゃってごめん)笑。
でも、生まれた直後は「生きていてくれれば」大きくなったら「元気だったら」って願いだった。
どうしてこんなに欲張りになったのか考えちゃったよ。
あたしもまだまだ修行中だわ〜
それはそうだよー。
もっとこうあってほしいと願うのは当たり前の親心よー。
ただそう思えることが実はとても幸せなことなんだと分かっているところがNファミリーの優しさであり武器でしょ?
だからいいのよ、それで。